がん闘病奮戦記(その1)食道がんとの闘い

愛知県がんセンター
出典:ライター撮影

驚きの予兆、がん宣告を受ける前

ここから、がん闘病奮戦記(その1)の始まりです。年老いたひとりのがん患者Toshi爺が、なにを考え、どう行動したのか?そしてどうなったのか?ありのままを記させていただきます。

生活ぶりと体調変化・自覚症状の有無

病院受付
出典:ライター撮影

サラリーマンを卒業、晴れてシニアの仲間入り

2012年6月26日この日を持ちまして、Toshi爺の43年にわたるサラリーマン人生が終了しました。もっとも、これも『がん』がかかわっています。2012年4月に『前立腺がんの宣告』を受け、4つの選択肢を突き付けられToshi爺は『放射線治療+ホルモン療法』を選択しました。放射線治療は1日1回の照射を35回連続しなければいけないので、退職という道を選びました。※『前立腺がん』との闘病奮戦記は別に掲載する予定です。

シニアとしての生活ぶり

新しい時代の幕開けは 『前立腺がん』 の治療が控えているものの、朝早い出社もないので、のんびりと目覚めましました。『ああこれで、Toshi爺も人並みにのんびりできる』これが率直な感想でした。シニアと呼ばれるのは好きじゃなかったが、晴れてシニアライフの門出です。

出典:ライター撮影

人並みに旅行したり、釣りをしたり、シニアライフを楽しんでいました。そのころ、家でぶらぶらしているのなら、『若手社員の指導・教育』に力を貸してくれませんか?』というお話をいただきました。ちょうど、退屈で暇をもてあましていたので、週3日だけお手伝いすることに決めました。

体調変化

2014年4月からお手伝いが始まり、体調も良く順調に1年を経過した2015年8月の上旬ころ、異変が起こり始めました。喉の調子が少しずつ、おかしくなってきました。食事の時も飲み込みが引っかかるようで、食欲も落ちてきました。食後もゲップや逆流がみられました。まだその時も、おかしいな?『逆流性食道炎』かな、と素人判断しておりました。

自覚症状に気づき、疑問を抱く

食事の度に ゲップや逆流が続いていました。それでもそのうち治るさと、たかおくくっていました。食事の量を減らしたり、タバコを少なくしたり多少の努力はしました。しかし、結果は同じでした。それで疑問を抱き、これはおかしい病院に行ってみようと決意しました。

驚きの予兆!

とりあえず、胃の内部や食道を見なければ、どうにもならないと近くの内科医院に受診した。そこは 胃の内視鏡を毎日実施している 消化器内科の専門医のいるところでした。早速胃の内視鏡の依頼をして順番を待っていました。

そこで、口の中に内視鏡を入れたまま、食道から胃の方へカメラが挿入されず、止まったままでした。食道が極めて細くなっている状況で、管径5mmのカメラでさえ通らないといわれました。

がんの予備告知

Toshi爺さん、あなたは『食道がん』です。細胞組織を採取しなくても、わかる典型的ながんです。紹介状を書きますから、それを持ってすぐに大きな病院に行ってください。

がんで有名な大病院へ紹介状を持って訪れた

病院玄関
出典:ライター撮影

有名大病院の消化器内科を受診

開業医から渡された紹介状を持って翌日、がんで有名な大病院の消化器内科を受診するため病院を訪ずれました。病院の受付は多数の人で混雑していて、思わす゛『がん患者はこんなにたくさんいるの?』自問自答しました。 年齢層はやはりToshi爺と同じ位のシニア層が中心でした。

がん初診受付の内容

【2015/9/28】初診の受付担当医は紹介して頂いた開業医の先輩にあたる人で病院長でした。紹介状の中身とCDをチェックした後、最初の一言は『一人でみえたの?状況を甘く見すぎているのじゃない?』Toshi爺は身のすくむ思いでした。

間違いなしにがんだと思うが、念のためこちらの病院でも検査します。そういわれて、当日CT、翌日胃カメラ、翌々日PET検査と外来で検査を実施しました。そしてもう少し細かい検査をしますので、検査入院してください。

検査入院とがん告知

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【2015/10/2】検査入院7日間してさまざまな検査がおこなわれました。血液検査、レントゲン、CT、MRI、口腔などですが、細かい内容は省きます。

正式ながん告知

出典:ライター撮影

【2015/10/5】正式ながん告知が担当医よりあり、説明を受けた。『食道がん(扁平上皮がん)ステージⅣ期。気管浸潤とリンパ節転移も見られ、かなり深刻な状況。余命6カ月程度、運がよければ1年か?』

他人の励まし、なぐさめも全く耳に入らず、Toshi爺は一人考え、悩んでいました。『なんで?なんで?どうして?』『神様の与えた試練なのか?』悩み抜いた最後の結論は『まぁいいや。なるようにしか、ならないのなら、考えないようにしよう!』

治療方針の選択

『 がん治療の選択肢は3つあります。 どれを選ぶかは患者の自由です。①外科的手術②放射線治療③化学的療法(抗がん剤)の3つです。』がんの根治を狙うなら①の外科的手術ですが、気管への浸潤があり、かなり困難な手術となります。②と③は併用することによって、効果をあげている事例も多いので、おすすめです。説明を聞いたToshi爺の結論は②の放射線治療と③の抗がん剤治療の併用を選択、お願いしました。

抗がん剤治療の説明

出典:ライター撮影

『抗がん剤治療については腫瘍の根治を目的に①5-FU(フルオロウラシル)②シスプラチンを4週間ごとに2クール 点滴にて 投与します。』との説明あり了承しました。

放射線治療の説明

放射線治療についてもIMRT(シナジー)という最新の機械を使って、患部以外への照射を極力少なくする方法で照射するので、副作用は比較的少ないとの説明を聞き、安心しました。土日除きの週5回×6週=30回の照射は長かったです。

入院してがん闘病奮戦記の始まりです

初めての入院生活

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【2015/10/15】とある有名大病院の消化器病棟に入院しました。ちなみにその日はToshi爺の70回目の誕生日でした。運が悪いというか、間が悪いというか?とにかく入院しました。長期の入院生活はこれが初めての経験です。

病室とベットの感触

病院の入院患者受付から看護師に案内され消化器病棟東4棟の〇〇室に入った。個室ではなく、4人部屋で3つのベットが設置されていました。患者が退院すれば次はそこのベットに入院するという順繰りで使用しています。

この4人部屋は北側が窓、南側は通路に接していて入口は南側通路から入ります。ベットの配置は窓側2、通路側2という配置でToshi爺のベットは窓側の右側でした。『最初の入院は長くなりそうだし、窓側でラッキー』と思わず笑みがでました。

『この後入院患者がそろったら、オリエンテーションを始めます。それまでベットでお待ちください。』と言って看護師は去りました。その時1つのベットは空きで、もう1つのベットの患者は検査中とのことで病室はToshi爺ひとりでした。

『やれやれ、今日からここがToshi爺の住処か?』と独り言をいいつつベットに寝そべった。しかし、ベットのマットレスが柔らかすぎました。早速、硬いマットに交換してもらいました。そして同室者はやはりシニアで同年齢位の人が3人。やれやれだぜ!

がん入院生活

出典:ライター撮影

病院の入院生活は、いろいろな規則があり、制約も多いので、できれば御免したいものです。でも、そんなわけにもいかず、今日入院しました。Toshi爺70歳のスタートは病院からです。※入院生活のアレコレは別途記事にする予定です。 

がん治療の開始

がん治療イメージ

抗がん剤投与

【2015/10/16~10/20】及び【2015/11/17~11/21】の2回検査入院の時に説明があったように、抗がん剤が点滴で投与されました。5日間に亘って(4×24H)5-FU(フルオロウラシル)と期間初日のみシスプラチン(2H)を投与されました。

抗がん剤の副作用は人によって、さまざまですが、Toshi爺の場合は食欲がなくなるのと、吐き気、しゃっくり、味覚障害といったものでした。それと便秘の症状も出ました。

辛いですが、我慢できないほどではなく、何とか耐えていました。人それぞれですがToshi爺は抗がん剤の副作用に強い人みたいです。

放射線治療

【2015/10/26~11/30】月~金の週5日×6週=30回の照射を受けました。時間的には毎日5~10分程度で準備作業を含めると約20分程度かかります。食道がんですから患部は喉から食道30cm程度の範囲の照射です。痛くも、かゆくもありません。副作用としては喉周辺のただれ位なものです。

とりあえず、仮退院

【2015/11/30】この日は放射線治療の最終日でありましたが、病院側のご配慮で、朝一で放射線治療を済ませ、午前中に仮退院することができました。入院から47日目です、人生で一番長い入院生活でした。

2回目の抗がん剤治療が済んだ11/21以降は少しずつ体調も良くなって、喉の通りも良くなってきました。この時点ではまだ、がんが寛解するなんて思いもよらなくて、少しでも良くなれば良いか?とおもった程度です。

この段階では、『放射線治療の効果は三カ月後くらいから効果がでるので、抗がん剤との相乗効果はまだあとです。』と言われて、仮退院しました。

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