城山八幡宮、厄除開運・縁結び

織田信秀公・信行公・お市の方居城末森城址に鎮座する城山八幡宮厄除開運交通安全祈願縁結び祈願の大社

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城山八幡宮の由緒

八幡信仰と御神徳

八幡信仰

  • 八幡信仰は我国の神社の中でも、古来最も広く上下の階級を問わず信仰
  • その信仰は譽田別命(應神天皇)、息長帯比賣命(神功皇后)、帯中津日子命(仲哀天皇)等の御神徳より起こり
  • 應神天皇神功皇后の母子信仰を始めとして、国家鎮護・武家守護・厄除開運・必勝守護・武運長久・方除け・交通安全(海上安全・旅行安全)・安産守護
  • 時代により処により様々な御神意を顕してきた 
  • 八幡信仰その託宣(お告げ)の多さとその権威は国家の政治から氏族の興廃にも及び、常に時代の中心思想として仰がれて来た  

御神徳

  • 御神徳とは神の功徳、威徳であり、これを戴くことをご利益と言います

  •  

    神社に祀られている祭神の業績や神社に伝わる秘伝などの中で、特に信仰が深い霊験

  • 厄除開運交通安全・必勝守護・家内安全縁結び御神徳著しく、八柱の神の御神意相俟って霊験頗るあらたか

城山八幡宮と末森城の沿革

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城山八幡宮

  • 城山八幡宮は、もと城山(末森城)の東北の麓、旧田代町字楠(現、千種区春里町2丁目南端)の地(現在地より300メートル程東北)に鎮座し、500年以上前から産土神として崇敬を集めて来た
  • 明治期村内の八幡社、浅間社、山神社、一ノ御前社、白山社を合併合祀した事で、非常に広い氏子の区域をもつ事になり
  • 昭和11年氏子崇敬者の浄財寄進により、旧来から飛び地境内であった末森城址に遷座された

末森城

  • 末森城は天文16年(1547)織田信長公の父、織田備後守信秀公が東山丘陵の南端に位置するこの地に本城として築城し古渡城から移った
  • この地は頗る要害の地で三河方面よりの松平(清康)・今川(義元)等への守りとし、弟信光の守山城との線を連ねて尾張に於ける東方の固めとしたもので信長公は、那古野城を譲られた
  • 末森城には、信秀公・土田御前・信行(信勝)公・信包公・秀孝公・お市の方・お犬の方等が共に過ごしたと伝えられている

織田信秀公の死去

信秀公は尾張の覇者として次々に近隣を従えていったが、天文18年大志を抱きながら業半ばにして病みこの地において卒去した。信秀公の死により、信長公の弟の備前守信行公が末森城の主となった。信行公の家臣には柴高勝家、林美作守などがおり、母の土田御前も末森城に残った

信行公と信長公の争い

信行公は信長公と争い、弘治2年(1556)稲生が原の戦いに破れた。その後、永禄元年(1558)清須城にて病を装った信長公に誘殺された以来末森城には主なく、ついに廃城となった

末森城の構え

末森城は標高43メートル、東西約200メートル、南北約160メートルの平山城で、麓からは約20メートルの高さがあり、本丸・二の丸を中心に二重堀をめぐらし複雑な遺構をなしている

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城山八幡宮の境内

  • 城山八幡宮は、この末森城址の殆どを境内とし、約1万坪の広さである
  • 社殿は本殿、祝詞殿、幣殿、拝殿、廻廊、神門等からなる
  • 末社には山神社(祭神大山祇神)、神明社(祭神天照大神)、津島社(祭神建速須佐之男命)、豊玉稲荷社(祭神稲荷大神)がお祀りされている
  • 境内には明治以来のこの土地出身の戦没者を顕彰する殉国碑がある
  • 本殿裏手の北参道沿いには縁結び・良縁祈願の御神木『連理木』があり、願を掛ける参拝が絶えない

連理木について

境内には「連理木(れんりぼく)」と呼ばれる御神木がある。これは幹周り3m53cm、根周り4m30cm、樹高15mの名古屋市内最大のアベマキ(ブナ科の落葉高木)で、一度分かれた幹が再び連なって、さらに伸びていくという珍しい成長をした樹木である。このような連理木は、古来より吉兆とされ、夫婦円満、縁結びの御神木として信仰されている

アクセス

住所   〒464-0045  名古屋市千種区城山町2-88

地下鉄  ●地下鉄東山線「覚王山」駅下車。2番出口より徒歩7分
     ●地下鉄東山線「本山」駅下車。1番出口より徒歩6分

まとめ

城山八幡宮の全貌をご紹介、今回はお正月の三日に訪れました。いつもより、沢山の参拝客が参拝してました。ここの一番のウリは「連理木」です、場所が神社の裏で分かりづらい。でも、『縁結び』のご利益は相当なものであるとお聞きしました。次に境内に一本だけ、「蝋梅の木」が植えてあり、これが咲いていました。見事な花ぶりでした、お正月から縁起が良いと感激して帰りました。